相方の山崎弘也は、柴田が不在の間もバラエティ番組で唯一無二の存在感を放ち続けた。プロダクション人力舎の先頭に立ち、ピンとして多忙を極める中でも、彼は「アンタッチャブル」という屋号を頑なに捨てなかった。解散の二文字を選ばなかった背景には、相方の復帰を信じる静かな覚悟が存在していた。
山崎が徹底したのは、柴田の準備が整うまで安易にコンビ再結成をネタにしないことだった。テレビ番組で相方の名前を軽々しく口にせず、時が満ちるのを待った。柴田が地道なライブ活動や小規模な番組出演から再起を図る姿を、山崎は一定の距離を保ちながらも見守り続けていたのだ。