なぜトップ女性アイドルとして多忙を極めていた工藤静香が、危険を伴う大型自動二輪免許の取得に踏み切ったのでしょうか。その背景には、1980年代後半から1990年代初頭にかけての彼女自身の強い自立心とロックスピリットがありました。
当時のおニャン子クラブからソロデビューを経てトップスターへと駆け上がる時代、女性アイドルには「清純」「守られる存在」という型通りのイメージが強く求められていました。しかし、工藤静香は自身の楽曲『嵐の素顔』や『激情』に見られるように、媚びない強さと芯のある女性像を貫いていました。
過去の手記や音楽関係者の証言によると、若い頃から身近にあったバイクカルチャーに対して、「誰かの後ろに乗せてもらうのではなく、自分の意志でハンドルを握り、風を切りたい」という強い自負があったとされています。当時は現在のように教習所で大型二輪免許を簡単に取得できる体制(指定教習所での大型二輪教習解禁は1996年)ではなく、運転免許試験場での技能試験(いわゆる「一発試験」)が主流の極めて高いハードルが存在した時代でした。その過渡期において、周囲の反対や多忙なスケジュールを縫って大型免許を取得したという事実そのものが、彼女の並外れた根性と本気度を物語っています。