昭和40年代後半から50年代にかけての日本映画界は、テレビの普及に対抗すべく、成人向け描写や残酷描写を強烈に押し出した作品が量産された時代でした。そうした背景から「当時の主演女優なら過激な露出があったのではないか」と連想されることが少なくありません。
しかし、当時の作品フィルムや制作記録を精査すると、梶芽衣子本人が乳首を露出しているシーンや露骨な濡れ場を演じている場面は存在しません。映画の中には入浴シーンや暴力的な濡れ場、衣服を引き裂かれるような過激なシチュエーションが描かれていますが、これらはカメラのアングル、巧妙な照明、あるいは衣装の工夫によって、本人の肌が直接過剰に晒されないよう徹底的に計算されています。
スクリーンから放たれる凄まじい色香と怨念の迫真さゆえに、観客の脳裏に「すべてを曝け出していた」かのような強烈な錯覚を焼き付けたことこそ、梶芽衣子という女優が持つ稀代の表現力の証明です。