「アラ鍋」の名が全国津々浦々にまで轟いた歴史的背景には、大相撲九州場所(毎年11月開催・福岡国際センター)の存在が欠かせません。この地で力士たちを支え続けてきた伝統のちゃんこ鍋こそが、博多のアラ料理の原点です。
相撲界とアラ鍋の結びつきは昭和中期に遡ります。かつて福岡場所が本場所へと昇格した時代、宿舎を構えた各相撲部屋を激励するため、地元の後援者やタニマチが差し入れたのが玄界灘の荒波で育った巨大な天然クエでした。元力士の親方は手記やインタビューで「11月の博多に入ると、宿舎の台所には畳半畳ほどもある巨大な魚が運び込まれた。解体するだけで包丁が欠けるほど骨が硬く、力士総出で出刃を叩き込んだものだ」と述懐しています。
当時の角界において、巨大な魚を余すところなく大鍋で炊き上げるアラ鍋は、単なるご馳走以上の意味を持っていました。相撲では手をつくと負けになることから「二本足で立つ鶏肉」が縁起物とされますが、クエもまた「海底で岩のように居座り、一度食らいついた獲物は決して逃さない」怪力無双の魚として、勝ち越しの縁起を担ぐシンボルとなったのです。高タンパクで良質な脂質、骨や皮から溢れ出る大量のコラーゲンは、過酷な本場所を戦い抜く力士たちの身体作りに打ってつけでした。
では、実際に口にしたときの味の違いと評判はどうでしょうか。プロの料理人や食通たちの間では、明確な評価の棲み分けがなされています。
標準和名クエ(九州のアラ)の真骨頂は、なんといっても「煮込んでも決してパサつかず、むしろ旨味を増す強靭な肉質」と「皮下の分厚いゼラチン質」です。昆布出汁にクエのアラ(骨や頭)を入れて火にかけると、骨髄から濃厚な脂とコラーゲンが溶け出し、スープ自体が黄金色に濁って極上のとろみを帯びます。身を頬張れば、白身魚とは思えない芳醇な脂のコクと弾力のある歯ごたえが広がり、「フグより旨い」「一度食べたら他の白身鍋には戻れない」と絶賛されるのも納得の迫力です。
これに対し、標準和名のアラは「一切の雑味がない、どこまでも澄み切った気品ある白身」が持ち味です。深海特有の清らかな身質で、火を通すとホロホロと繊細に崩れ、上質な脂が上品に喉を通ります。脂の重たさが苦手な年配の愛好家や、薄造りの刺身や潮汁で繊細な出汁を楽しみたい層からは「クエよりもアラのほうが雑味がなく洗練されている」と極めて高い支持を得ています。野性味あふれる重厚な旨味を求めるならクエ、端正でエレガントな旨味を求めるなら標準和名のアラというのが、現場のプロが下す正確な味覚判定です。