戦前の過酷な言論統制を象徴した不敬罪が幕を閉じたのは、終戦直後の1946年(昭和21年)に起きた「プラカード事件」が直接の引き金でした。
1946年5月19日に皇居前広場で開かれた食糧メーデー(飯米獲得人民大会)において、共産党員の松島松太郎が「国体は維持されたぞ 朕はタラフク食つてるぞ ナンジ人民 飢えて死ね」と書いたプラカードを掲示。東京地検は松島を不敬罪で起訴しました。
しかし、連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサー率いるGHQは、この起訴に強く介入しました。「天皇個人を特別法で保護することは民主主義の原則に反し、一般国民と同様に名誉毀損罪で対処すべきである」との方針を示したのです。
結果として、1947年(昭和22年)5月3日の日本国憲法施行に伴い、旧刑法第74条の不敬罪および第73条の大逆罪は正式に全面削除・廃止されました。こうして、国民を半世紀以上にわたって縛り続けた皇室タブーの法罰規定は完全に消滅しました。