長年、日本球界ではタフィ・ローズ(2001年)やアレックス・カブレラ(2002年)が王貞治氏の55本塁打に並びながらも、厳しいマークや勝負避けにあい、56本目の壁に阻まれてきました。その強固な壁をバレンティンが打ち破り、一気に60本まで数字を伸ばせた背景には、明確な3つの要因が存在します。
第1の要因は、広角に長打を打ち分ける打撃技術の劇的な進化です。来日当初のバレンティンは典型的なプルヒッター(引っ張り専門)で、外角の変化球に脆さを見せていました。しかし、打撃コーチ陣の指導のもと、軸足を残して右中間方向へ鋭い打球を放つ技術を確立。神宮球場の狭さに頼るだけでなく、ナゴヤドームや甲子園球場といった広い球場でも逆方向のスタンド中段まで運ぶ驚異的なパワーとスイング軌道を手に入れました。
第2の要因は、配球の読みと卓越した選球眼です。相手バッテリーの警戒が極限まで高まる中、バレンティンはボール球に手を出さず、シーズン103四球(うち敬遠20)を記録しました。勝負を焦って大振りすることなく、甘い失投が来るまで打席内で冷静沈着を貫いたメンタルの成熟が、高打率.330と60本塁打の共存を可能にしたのです。
第3の要因として見逃せないのが、ライバル球団のバッテリーが見せた正々堂々の勝負姿勢です。新記録となった56号(9月15日・神宮)は阪神タイガースの榎田大樹投手が内角勝負を挑んだ球を捉えたものであり、大台到達となる60号(10月4日・神宮)も阪神のエース、ランディ・メッセンジャー投手の力勝負から生まれました。過去の外国人打者が直面した「露骨な全打席四球攻め」ではなく、真っ向勝負を選んだ投手陣の気概と、それを力でねじ伏せたバレンティンの打棒が、歴史的快挙を完成させたのです。