石原詢子さんが女性としての大きな岐路に立たされたのは、ヒット曲に恵まれ歌手としてまさに多忙を極めていた2001年頃、33歳の若さの時でした。
激しい腹痛と極度の貧血に悩まされながらも「舞台を穴あけられない」と仕事を最優先にしていた彼女ですが、精密検査の結果、子宮筋腫および子宮腺筋症などの進行が判明します。医師から提示された選択肢は、病巣の根絶と生命維持のための子宮全摘出手術でした。
「将来子どもを産めなくなる」という残酷な現実に、当時は夜も眠れないほどの絶望と葛藤を抱えたと明かしています。しかし、周囲の温かい励ましと「歌い手として生き抜く」という強い覚悟を胸に入院・手術を決断。退院後は過酷なホルモンバランスの乱れと闘いながらも見事に体調復帰を果たし、同じ悩みを抱える全国の女性へ勇気を届ける存在となりました。