族車のルーツを辿ると、1950年代後半の「カミナリ族」にまで遡る。当時は単なるスピードへの追求やマフラーの消音器を外した爆音走りが中心だった。しかし、1970年代に入り富士スピードウェイで開催されていた伝説的レース「富士グランチャンピオンシリーズ(グラチャン)」の観客たちが、レース車両の空力パーツを公道仕様の市販車に過剰移植し始めたことで、そのスタイルは決定的な変容を遂げる。
サーキットの走りを模倣しながらも、徐々に誇張とパロディが加わり、やがて日本独自の「街道レーサー」というスタイルが確立された。ボディから大きく突き出たオイルクーラー、地を這うような低車高、そして大胆なオーバーフェンダー。既存の自動車メーカーが掲げる機能美や合理性を嘲笑するかのようなデコラティブな造形は、若者たちの反逆精神そのものを具現化した立体造形物だったのだ。