タモリを東京にとどまらせるため、赤塚不二夫が取った行動は常識の枠を完全に超えていました。赤塚は当時住んでいた目黒区の自宅マンションをタモリにそのまま明け渡し、自身は事務所や近隣のホテル、旅館を泊まり歩く生活を始めたのです。
この前代未聞の居候生活には、以下のような驚くべき実態がありました。
- 住まいの無償提供:赤塚の高級マンションにタモリが家主のように居住。赤塚本人はたまに着替えを取りに帰る程度という主客転倒の状態が続いた。
- 生活費の全面バックアップ:赤塚はタモリに対し、生活に困らないよう毎月潤沢な小遣いを手渡し、近隣の飲食店には「タモリが来たら俺のツケで飲ませてやってくれ」と指示。
- 高級車ベンツの貸与:赤塚の愛車であったメルセデス・ベンツのキーを預け、「好きなだけ自由に使っていい」と乗り回させた。
なぜ赤塚不二夫は、まだ何者でもなかったタモリに対してここまで破格の待遇を施したのでしょうか。赤塚にとってタモリは、単なる居候や後輩ではなく、「自分の人生を最高に面白がらせてくれる最高の表現者」でした。赤塚の信条である「人生はバカ騒ぎ」「面白い奴がいればそれでいい」という無償の愛と哲学が、タモリという才能を一切の生活苦から守り、純粋培養する土壌を作ったのです。