ブランド閉鎖時にネット上で最も大きな物議を醸したのが、篠田麻里子本人のブランドへの関わり方と責任の所在でした。
立ち上げ当初、メディアでは「篠田麻里子がデザインを手掛ける」「念願のプロデューサー就任」と大々的に宣伝されていました。しかし、全店閉鎖が報じられた直後、篠田麻里子は自身の公式Twitter(現X)で「ricoriは昨年(2013年)までアドバイザーとしてお手伝いしていたブランドでした」と投稿。この発言が「プロデューサーとして宣伝しておきながら、倒産した途端に関係を否定して逃げたのではないか」と激しいバッシングを浴びることになりました。
この騒動の真相は、実際の契約形態にあります。篠田麻里子自身は会社のオーナーや出資者ではなく、株式会社リュー・ドゥ・シュークと「アドバイザー契約」および「広告塔としてのイメージモデル契約」を結んでいた立場でした。実際のデザイン画のパターン起こしや生産管理、会社経営の実務は外部のアパレル専門チームが行っており、篠田はコンセプトの提案や監修、PRを担当していたというのが業界内の実情です。契約形態としては事実であったものの、プロデューサーとしてのイメージを前面に出して集客していただけに、ファンや購入者に強い失望感を与えてしまったことは否めません。