昭和歌謡の歴史において、岸洋子 夜明けのうた 誕生秘話は今も語り継がれる特別なエピソードの一つです。東京藝術大学声楽科在学中に難病を発症し、オペラ歌手への道を諦めざるを得なかった岸洋子さんは、数年間に及ぶ過酷な入院生活を経て、命を削るようにしてポピュラー音楽の世界へと歩みを進めました。
そんな彼女の類まれな歌唱力と、病に抗う強靱な精神に深く心を打たれたのが、夜明けのうた 作曲 いずみたく氏と、夜明けのうた 作詞 岩谷時子氏という昭和を代表する天才ヒットメーカーたちでした。いずみたく氏は、岸洋子さんの重厚でありながら透明感のあるメロディーラインを構想し、岩谷時子氏はその旋律に「夜明け」という象徴的な言葉を託しました。
関係者の回想録や当時のインタビュー資料によると、岩谷時子氏は病魔と闘いながら舞台に立つ岸さんの姿を見つめ、「暗く長い夜を耐え忍んだ先に、必ず温かい光が差し込む」という絶対的な信頼と祈りを歌詞に込めたと明かされています。岸洋子 夜明けのうた 歌詞に登場する「夜明けのうたよ 私のこころに」というフレーズは、個人的な苦難を乗り越えようとする岸洋子さん自身の心の叫びであると同時に、戦後の混乱から立ち上がり未来へ歩み出そうとしていた当時の日本人全員のアンセムとなったのです。