渡月橋という情緒あふれる名称は、鎌倉時代の亀山上皇が詠んだ詩情に端を発します。満月の夜に雲ひとつない夜空を月が橋の上を渡るように動いていく情景を目にした上皇が、「くまなき月の渡るに似る(曇りのない夜空を満月が渡っていくようだ)」と感嘆したことから、その名が定着しました。
しかし、風雅な名前とは裏腹に、渡月橋の歴史は桂川(大堰川)の激しい水害との果てしない戦いでした。発祥は平安時代初期の承和年間(834〜848年)、僧侶の道昌が桂川の修築とともに架橋した「法輪寺橋」と伝えられています。当時の桂川は丹波高原からの水流を集める暴れ川であり、豪雨のたびに橋が押し流される惨事を繰り返してきました。
転換期となったのは慶長11年(1606年)、豪商・角倉了以(すみのくらりょうい)による大堰川の開削事業です。水運ルートを開削すると同時に、橋を現在の位置へと移設。さらに近代に入り、1934年(昭和9年)の架け替え工事によって橋脚と橋桁を強固な鉄筋コンクリート製へと改修しました。特筆すべきは、観光都市・京都の美意識を守るため、欄干(手すり)部分にはヒノキ材を使用し、伝統的な木造橋の優美なフォルムを忠実に維持した点です。2013年の台風18号による記録的増水時にも流失を防いだ堅牢な近代土木と、千年都市の景観保全が見事に融合した傑作構造物と言えます。