音楽の効果が広く知られる一方で、ネット上には科学的根拠を欠いた過度な期待や、間違った取り入れ方が蔓延しています。その筆頭が、過去に世界的なブームとなった「モーツァルト効果(モーツァルトを聴くだけで頭が良くなる)」の神話です。
その後の追試研究において、特定の作曲家の音楽自体に知能を直接向上させる魔法のような力はないことが立証されています。実際に生じているのは、好みの音楽を聴くことで気分が覚醒し、一次的に注意力が高まる「アロウザル効果(覚醒度向上)」に過ぎません。
さらに見落とされがちなのが、作業用BGMの集中力アップ効果に関する致命的な誤解です。文字を書く、書類を精査する、論理的な思考を要する作業中に「日本語の歌詞入りポップス」を流すことは、脳の言語処理領域(ブローカ野・ウェルニッケ野)に激しい干渉を起こします。結果として作業速度は低下し、ミス発生率が跳ね上がることが実験で明らかになっています。
また、ストレス解消に効く音楽の評判を鵜呑みにして、「リラックスするためには無理にでも穏やかな曲を聴かねばならない」と思い込むのも危険です。激しい怒りや落ち込みを感じている時に穏やかすぎる曲を聴くと、心理的な不協和(同調の破綻)が生じ、かえって苛立ちを増幅させます。心理学では「同質効果(イソ・プリンシプル)」と呼ばれ、まずは現在の感情に近い激しいロックや悲哀のあるブルースを聴き、感情を吐き出させた後に徐々に穏やかな旋律へと移行させるのが鉄則です。
クラシックを導入したい初心者には、難解な大曲ではなく、旋律が明確な小品から入るクラシック音楽初心者入門ガイド的アプローチが有効です。サティの『ジムノペディ第1番』、ドビュッシーの『月の光』、ショパンの『ノクターンOp.9-2』といった耳馴染みのある楽曲を、音量を絞って空間に漂わせる聴き方こそが、脳に負担をかけない最良のアプローチとなります。