船木和喜の現在を語る上で欠かせないのが、自らプロデュースするスイーツ事業「王様のアップルパイ」です。全国各地の百貨店催事場や北海道物産展に足を運ぶと、自ら法被やエプロンを身にまとい、来店客一人ひとりに丁寧にパイを手渡す船木の姿が見られます。「なぜオリンピック金メダリストがパイを売っているのか」「事業に困窮しているのか」といった憶測がネット上で飛び交うこともありましたが、その背景には崇高な大義が存在します。
事の発端は、2008年に所属先を退社し独立した際、遠征費や用具代などの活動資金を自力で工面しなければならなくなった過酷な現実にありました。スポンサー集めに奔走する中で、船木は「企業に頭を下げて資金をもらうだけの関係ではなく、自分たちの力で価値を生み出し、応援してくれる方々に喜んでもらえる事業を作りたい」と決意します。そこで着目したのが、生まれ故郷である北海道余市町の名産品・りんごでした。
地元農家が丹精込めて育てたりんごを贅沢に使い、パイ生地の食感やバターの風味に徹底的にこだわったアップルパイは、口コミで評判を呼び大ヒット商品へと成長。そして、この事業から得られる収益の使い道こそが、船木の真骨頂です。
船木はパイの売上の一部を充てて、高価なジュニア用ジャンプスキー板やヘルメット、スーツを自費で購入し、全国各地のスキージャンプ少年団や子どもたちへ無償寄贈する活動を15年以上にわたって継続しています。「自分を育ててくれたジャンプ界への恩返しであり、用具が買えずに競技を諦める子どもを一人でも減らしたい」という手記での告白通り、自らのビジネスを次世代育成のインフラへと昇華させているのです。