1960年代後半、日本の外食産業は劇的な転換期を迎えていた。吉野家が全国展開の足がかりを固め、手軽で素早い食事としての認知を急速に広げていた時代だ。そんな大波が押し寄せる1969年、新宿三丁目の角地に「たつ屋」は産声を上げた。大手資本が圧倒的なスピード感と効率化を武器に市場を席巻していく中、店主が選んだのは全く異なるアプローチだった。
セントラルキッチンによる画一的な仕込みではなく、店頭の鍋で丹念に煮込むスタイル。しかも牛肉だけでなく、出汁を含んだ大きな焼き豆腐を共に煮込む独自の手法を考案したのだ。この工夫こそが、後に他店と一線を画す独自のアイデンティティとなる。高度経済成長期の新宿で働く労働者や若者たちの胃袋を支え続け、いつしか街の風景の一部へと溶け込んでいった。