協和ゴルフクラブは京都府城陽市から宇治田原町、綴喜郡周辺にまたがる山間部に位置していました。この地域は古くから起伏に富んだ地形を活かしたゴルフ場開発が盛んであり、協和ゴルフクラブもそのダイナミックな地形を最大限に利用した設計が施されていました。
当時の協和ゴルフクラブのコースレイアウトを振り返ると、最大の特徴は「アップダウンの激しさとブラインドホールの多さ」にありました。フェアウェイ幅は決して広くなく、谷越えや打ち下ろし、ドッグレッグが随所に配置され、単に飛距離を求めるロングヒッターを寄せ付けないタフな構造でした。正確な方向性と徹底したコースマネジメントが求められ、特にグリーン周りのアンジュレーションと傾斜は「一度外すとパーセーブが困難」とプレーヤーの間で恐れられていました。
現場を熟知するシングルプレーヤーの手記や当時のスコアカードの記録からは、「戦略的で面白い反面、初心者を連れていくとボールが何ダースあっても足りない」というリアルな証言が残されています。ドライバーを封印して刻む勇気が必要とされるホールが多く、その歯ごたえのある難易度こそが、今なおゴルファーの間で伝説的に語り継がれる理由となっています。