辻政信の歩みを俯瞰すると、貧困から這い上がり軍エリートの階段を駆け上がった立志伝中の人物像が浮かび上がります。辻政信の経歴まとめを紐解くと、1902年(明治35年)に石川県江沼郡山谷村(現・加賀市)の炭焼きの家に生まれ、経済的な困窮から学費不要の陸軍幼年学校へ進学しました。猛勉強の末、陸軍士官学校(36期)を首席、さらに陸軍大学校(43期)を恩賜の軍刀組(3位)として卒業します。
頭脳明晰で弁が立ち、清廉潔白を装う清貧主義を自ら実践した辻は、上層部や部下からの人心掌握に長けていました。若き日の彼に決定的な影響を与えたのが、満洲事変を首謀した石原莞爾でした。石原の奇抜な戦略構想や天才肌の行動力に心酔した辻は、陸軍参謀としての地位を確立するにつれ、上官の命令を軽視し独断で大局を動かそうとする危険な傾向を強めていきます。
陸軍省軍務課や関東軍参謀などを歴任した辻は、現場主義と果断な実行力を武器に台頭しました。しかしその実態は、時に軍規を逸脱し、組織決定を私物化する独善的な参謀政治の権化でもありました。