金次郎の没後、その志は実子や門人たちによって確実に受け継がれました。長男の二宮弥太郎や娘の文子は、父の遺志を継いで相馬中村藩の復興事業「御仕法」を完遂させました。
さらに、弟子の岡田良一郎(衆議院議員・静岡県農工銀行頭取)らは明治時代に「大日本報徳社」(本部:静岡県掛川市)を設立。日本初の信用組合(現在の信用金庫や信用組合の原型)を創設するなど、近代日本の地域金融や産業育成に決定的な役割を果たしました。
現在も金次郎の直系・傍系の子孫の方々は各地で活躍しており、報徳思想の研究や地域貢献活動に関わっています。また、小田原市の「報徳二宮神社」や日光市の「二宮尊徳墓所」には、現代の起業家や地方創生に携わるリーダーたちが今なお絶え間なく参拝に訪れています。