両首脳の絆を語る上で避けて通れない最大の試練が、2003年3月のイラク戦争開戦と、それに伴う日本の対応でした。フランスやドイツが軍事介入に強く反対し、国際世論が二分する中、小泉首相はブッシュ政権による武力行使への支持をいち早く表明しました。
日本国内では激しい反対運動や国論の二分が起きましたが、小泉首相は「同盟国であるアメリカの行動を支持するのは当然の責任」と明言。さらに同年12月、イラク人道復興支援特措法に基づき、陸上自衛隊をイラク南部のサマーワへ派遣することを決定しました。
憲法第9条の制約下にある自衛隊を「非戦闘地域」に限定して派遣するという極めて難度の高い政治的判断でしたが、現地での給水活動や医療支援、インフラ整備を通じて、自衛隊は一人の死傷者も出すことなく任務を完遂しました。この決断について、当時の米政府高官は「日本が言葉だけでなく、リスクを共にする真の同盟国になった瞬間だった」と高く評価しています。
日米安保条約は元来、日本の防衛を主目的とする地域的な条約でした。しかし、このイラク派遣を契機に、日米同盟は国際社会の平和と安定に寄与する「グローバルな同盟」へと実質的な変貌を遂げることになったのです。