出獄後、秋田氏はかつての活動家たちが政治セクトへ純化したり、あるいは大手企業や学界へ復帰していく流れとは一線を画しました。運動の政治的な権力闘争から完全に距離を置き、故郷である広島県へと帰郷します。
多くの人が「伝説のリーダーはその後どうなったのか」と関心を寄せる中、選んだ道は労働者としての実直な生き方でした。瀬戸内海の離島や沿岸部で海運業や船舶の溶接作業に携わり、自らの肉体を使って汗を流す生活へシフト。華々しい過去をひけらかすことなく、一市民として地道に地域社会に根を下ろしました。
メディアからの執拗な取材攻勢に対しても長年口を閉ざし、自らの言葉が新たな政治闘争に利用されることを極度に警戒していた姿勢が窺えます。