この目的の差は、登場する神々の描き方にもダイレクトに影響している。例えば、日本で最も有名な神である天照大御神(アマテラス)。『古事記』では、弟のスサノオが暴れたことにショックを受け、天岩戸に引きこもってしまうという、極めて人間臭く、感情豊かなキャラクターとして描かれる。
しかし『日本書紀』を開くと、そのトーンは一変する。国家の公式記録として、最高神の「引きこもり」というスキャンダラスな事件は、複数の異説(一書に曰く……)を並べる形で客観化され、どこか冷徹なトーンで処理されているのだ。どちらが正しいかではなく、誰に向けて書かれたかで、神話のディテールはここまで変わる。