現在の学校教育において、鎌倉幕府の成立年は1185年とするのが主流だ。平氏が滅亡し、源頼朝が全国に守護・地頭を設置する権利を獲得したこの年こそが、実質的な武家政権の始まりとみなされている。教科書から「1192年」が消えた当初、世間には大きな衝撃が走った。親の世代が教わった知識と、子供たちが学ぶ知識の乖離。それが家庭内での小さな混乱を生んだことも記憶に新しい。
しかし、歴史研究はそこで立ち止まってはいない。近年では、1185年説すらも「一つの通過点に過ぎない」とする見方が強まっている。東国における独自の支配権を確立した1183年(寿永二年十月宣旨)を重視する声や、公文所・問注所を開設した1184年を推す声など、学説は百花繚乱の様相を呈している。