『天城越え』の誕生には、昭和歌謡史に残るクリエイターたちの濃密なドラマが存在します。当時、清純派・正統派演歌歌手としての地位を確立していた石川さゆりさんに対し、「もっと生々しい、女の業や情念を歌わせたい」と考えたのが作詞家の吉岡治氏でした。
楽曲制作にあたり、吉岡治氏、作曲家の弦哲也氏、そして音楽プロデューサー陣は、舞台となった伊豆・湯ヶ島温泉の旅館「白壁荘」へ実際に赴き、缶詰状態で創作合宿を行いました。宿の露天風呂に入り、冷たい伊豆の風と激しい渓流の音を肌で感じながら、メロディと詞が紡ぎ出されていったと伝えられています。
弦哲也氏は当初、切ない旅情演歌としての曲調を模索していましたが、吉岡氏から上がってきた原稿に刻まれた言葉の破壊力に戦慄します。予定調和の演歌メロディでは歌詞の熱量を受け止めきれないと悟った弦氏は、ロックや歌舞伎の要素すら取り入れた、高低差の激しいドラマチックな旋律へと舵を切りました。こうして、歌い手の限界を試すような歴史的傑作が誕生したのです。