大手新聞やテレビ局の政治ジャーナリズムは長年、「当選の可能性が低い候補者は大きく報道しない」という独自の慣行を守ってきた。公平性を保つための自主規制と説明されるが、結果として選挙報道を退屈で予測可能なものにしてしまった責任は重い。
一方で、近年のポリティカル・ドキュメンタリーやインディペンデントなネットメディアは、既存メディアが切り捨てる周縁の候補者に光を当てる。何が彼らを突き動かすのか、社会のどこに歪みがあるのか。主流メディアが報じない死角にこそ、時代を映す鏡があることをドキュメンタリーの作り手たちは証明している。