別子銅山という一本の樹幹から、住友は驚くべき多角化を遂げていく。鉱山で使用する機械を修理・製造する部門が独立して住友重機械工業へ、電力を供給する部門がインフラ事業へ、採掘資材の調達や製品輸送が住友金属工業や住友倉庫、住友商事へと枝分かれした。さらに銅の加工技術は住友電気工業を生み、鉱害防止の研究からは住友化学が誕生した。
銅山運営という一つの目的から派生した諸事業が、必然性を持って重化学工業・総合金融業へと昇華した。この事業生態系(エコシステム)の強靭さは、戦後のGHQによる財閥解体でも揺らがなかった。株式の持ち合いを解消され、商号の使用を禁じられても、技術者と企業人の間に共有された価値観までは解体できなかったからだ。
規制緩和とともに再び結束した各社は、金属、化学、電機、金融、不動産など、あらゆる基幹産業でトップシェアを争う陣容を再構築した。ただ規模を追うのではなく、事業が国家と社会の役に立っているかを問う。その冷徹な自己規律が、激変する世界市場での強みとなっている。