二人の発言を精査すると、表面的な賞賛にとどまらない、作り手ならではの緻密な分析と畏敬の念が浮かび上がります。
米津玄師は過去の対話や音楽特集の中で、宇多田ヒカルの楽曲が持つ「圧倒的な大衆性と先鋭的な音作りの同居」に触れ、「ポップミュージックとはどうあるべきか」を教えられたと述懐しています。小学生の頃に聴いたミリオンセラー楽曲の衝撃から、復帰後のアルバムに見られるミニマルで洗練されたアレンジメントに至るまで、常に時代の一歩先を行く姿勢に強い感銘を受けていることが分かります。
一方、宇多田ヒカル側の発言や関係者の証言によると、彼女は米津玄師の楽曲が持つ「日本的な情緒と現代的なリズムアプローチの融合」に高い関心を示しています。言葉数が多く複雑な譜割りを持ちながらも、老若男女の耳にすんなりと残るフックを作り出す才能は、自らが切り拓いてきたJ-POPの進化形として捉えられていると言えます。