日常のふとした動作で感じる息苦しさを「もう歳だから仕方がない」と受け流すことこそ、この病の最大の罠です。慢性閉塞性肺疾患(COPD)の初期症状は極めて潜行性であり、数年から十数年という歳月をかけてゆっくりと進行します。初期には同世代の人と一緒に歩くときに少し遅れをとる、重い荷物を持った際に呼吸が浅くなるといった軽微な違和感しか現れません。そのため、本人が病気だと自覚した段階では、すでに肺機能の半分近くが失われているケースも珍しくありません。
日本呼吸器学会の報告や救急・呼吸器専門医の臨床データによると、放置されたCOPDは単なる呼吸苦にとどまらず、生命予後そのものに直接的な影を落とします。末梢気道の狭窄と肺胞壁の破壊が進行すると、体内に酸素を十分に取り込めなくなり、血液中の二酸化炭素を排出できない高炭酸ガス血症や低酸素血症を引き起こします。これにより心臓に過度な負荷がかかり、肺性心と呼ばれる心不全を合併する確率が急増するのです。
さらに見過ごせないのが、肺がんや虚血性心疾患、骨粗しょう症、抑うつなど、全身性の併存症リスクです。全身に慢性的な炎症物質が循環し続ける結果、筋力の著しい低下(サルコペニア)を招き、自力で起き上がることすら困難になる「フレイル」の引き金となります。「ただの咳や息切れ」と軽視して診察を先延ばしにすることは、健康寿命だけでなく絶対的な余命を着実に削り取っている行為にほかなりません。