柿島 屋の暖簾をくぐると、甘辛い味噌割り下の香りと客たちの快活な笑い声が一気に押し寄せてくる。東京都町田市で明治期から暖簾を掲げるこの老舗は、めまぐるしく移り変わる街の景観のなかにあって、頑固なまでに本物の味と庶民の活気を守り抜いてきた。ただ腹を満たすためだけの場所ではない。ここは、肉を喰らい、酒をあおり、日常の憂さを晴らすための聖域だ。
小田急線とJRが交差する喧騒の街。その裏手に潜む大箱の扉を開ければ、白木のテーブルに無数の赤提灯が揺れている。夕刻の早い時間帯から、名店の誉れ高い柿島 屋のフロアは活気で満ちあふれ、酒客が掲げるジョッキの触れ合う乾いた音が途切れることなく店内に反響していた。
創業140余年の歴史が刻む「株式会社柿島屋」の矜持と馬肉文化
創業は明治17年(1884年)。絹の道の中継地点として栄え、荷駄を運ぶ馬が集まった町田の地で、初代が馬肉の卸と鍋料理を始めたのがすべての発端だ。時代が移ろい、現在の株式会社柿島屋へと組織の形を変えても、その根底にある哲学はいささかも揺らいでいない。
良質な馬肉を、誰もが手の届く手頃な価格で提供し続けること。一見シンプルに思えるこの約束を1世紀以上にわたって維持するのは並大抵の覚悟ではできない。かつて馬喰たちが集い、熱気を帯びたこの土地の記憶が、皿の一枚一枚、出汁の一滴にまで濃密に受け継がれている。
鮮度と脂の甘みに悶絶する極上馬刺しと最新仕入れの秘密
席に着いたら、まずはこれだ。「上馬刺し」と「ヒレ」。運ばれてきた角皿の美しさに息をのむ。一切の濁りがない深紅の赤身と、きめ細やかなサシが入った極上肉が、艶やかな光沢を放っている。
箸でつまみ、すりおろし生姜を入れた特製醤油に軽く浸して口へ運ぶ。噛んだ瞬間、繊維がほろりとほどけ、雑味のない濃厚な旨みと上品な脂の甘みが舌全体に広がる。冷凍焼けや水っぽさなど微塵もない。長年にわたり独自のルートを築き上げてきたからこそ実現できる鮮度管理の賜物だ。現代の馬肉料理の基準を軽々と塗り替える破壊力がここにある。