日本中を席巻したトップ女優であり、今なおその一挙手一投足が世間の耳目を集める広末涼子氏。彼女がこれまで歩んできた人生において、世間に最も強烈なインパクトを与え続けてきたのが、2度の結婚と離婚、そして歴代パートナーたちとの関係性です。
1人目の夫である元モデル・デザイナーの岡沢高宏氏、そして2人目の夫として東日本大震災の復興支援などでも名を馳せたキャンドル・ジュン氏。それぞれ異なる世界観を持った2人の男性との婚姻関係は、なぜ破綻に至ったのか。親権の行方や慰謝料の真相、2026年の単独記者会見で露わになった衝撃の内情から、2026年現在の元夫たちの動向、そして料理人・鳥羽周作氏との関係の行方に至るまで、多角的な取材データと客観的事実に基づいて全貌を解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】- 要点1:歴代元旦那である岡沢高宏氏(2003〜2008年)とキャンドル・ジュン氏(2010〜2026年)の2人はいずれもクリエイター気質であり、広末氏の精神的支柱となる一方で、キャリアと家庭のバランスにおいて異なる構造的課題を抱えていた。
- 要点2:離婚に伴う子供3人の親権はすべて広末氏が保持。キャンドル氏との電撃離婚においては慰謝料の請求権を放棄する形でのスピード決着となり、双方が泥沼の法廷闘争を回避した。
- 要点3:2026年現在、岡沢氏は海外を視野に入れたブランド・クリエイティブ事業を展開し、キャンドル氏は福島復興支援活動を継続。広末氏自身も個人事務所での活動を本格化させ、それぞれの道を歩んでいる。
歴代の元旦那はどんな人物?岡沢高宏とキャンドル・ジュンの詳細経歴
広末涼子氏の配偶者となった2人の男性は、いずれも芸能界の既成概念にとらわれない独自のフィールドでキャリアを築いてきた人物です。彼らのバックボーンと広末氏との接点を整理します。
1人目の夫:岡沢高宏(モデル・デザイナー)の出自とカルチャーシーンでの足跡
2003年12月、人気絶頂期にあった広末氏との電撃結婚および妊娠発表で日本中を驚かせたのが、ファッションモデルでありデザイナーの岡沢高宏(おかざわ たかひろ)氏です。1975年生まれの岡沢氏は、1990年代後半から2000年代初頭にかけて一大ブームを巻き起こした「裏原宿系カルチャー」を牽引したストリート系ファッション誌『Men's Non-no』や『smart』などのトップモデルとしてカリスマ的な支持を集めていました。
モデル業にとどまらず、オリジナルブランド「CLS」やセレクトショップを手がけるなど、ストリートファッションシーンの寵児として活躍。当時、早稲田大学中退や多忙を極める芸能生活によるプレッシャーに直面していた広末氏にとって、芸能界の論理とは一線を画すカルチャーの第一線にいた岡沢氏は、精神的な避難所のような存在であったと当時の取材関係者は証言しています。2004年に第1子となる長男が誕生しました。
2人目の夫:キャンドル・ジュン(井筒順)の本名・経歴と独自の職業世界
2010年10月に再婚相手となったのが、全身にタトゥーを施し、右耳に鹿の角のピアスを身につけた独特のビジュアルで知られるキャンドルアーティスト、キャンドル・ジュン氏(本名:井筒順 / いづつ じゅん)です。1974年生まれ、長野県松本市出身。父は著名なバイオリン製作家である井筒信一氏という芸術一家に育ちました。
1994年よりキャンドル制作を開始し、ファッションショーの演出、野外フェスティバル、有名ブランドのレセプションパーティーなどにおける空間演出のパイオニアとして確固たる地位を確立。2001年からは平和活動「Candle Odyssey」を立ち上げ、広島や長崎、世界各国の紛争地を巡って追悼と平和を祈る点火活動を展開。2011年3月の東日本大震災以降は、一般社団法人「LOVE FOR NIPPON」の代表理事として、福島県を中心とする被災地支援活動に人生を捧げてきました。
ビジネスとしてのキャンドルショップ運営、空間プロデュース契約、イベント出演料、被災地支援事業の寄付・協賛金マネジメントなどを総合したジュン氏の推定年収は、最盛期で2,000万〜3,000万円規模に達していたと業界関係者は分析しています。広末氏とはハイチ大震災のチャリティーイベントで出会い、深い共鳴を経て結婚。広末姓(井筒から広末へ改姓)を選択し、長男の育児や家庭の防波堤となる役割を担いました。その後、次男と長女が誕生しています。
【徹底比較】2度の結婚と破綻|離婚理由・親権・慰謝料の決定打
2度の婚姻生活において、破綻に至るプロセスや法的な着地点には明確な相違点が存在します。公表資料および当時の報道データから、客観的な比較を行います。
岡沢高宏氏との離婚理由:経済的格差と生活スタイルの乖離
岡沢氏との婚姻関係解消において表向きに語られたのは「価値観の不一致」でしたが、当時の芸能ジャーナリズムが追跡していた実態は、女優として再びトップギアを入れ始めた広末氏と、ストリートアパレルの経営難に直面していた岡沢氏との深刻な経済的・社会的格差でした。
広末氏は出産後、映画『おくりびと』(2008年公開・アカデミー賞外国語映画賞受賞作)の撮影などで本格的な女優復帰を果たし、世界的評価へと駆け上がっていました。一方の岡沢氏は事業の低迷や交友関係を巡る週刊誌報道が重なり、家庭内での優先順位やすれ違いが修復不能なレベルまで拡大。4年余りで婚姻生活にピリオドを打つこととなりました。
キャンドル・ジュン氏との離婚理由:不貞騒動と13年間の歪み
2026年6月に『週刊文春』が報じたミシュラン一つ星レストラン「sio」のオーナーシェフ・鳥羽周作氏とのW不倫問題は、キャンドル氏との結婚生活に決定的な終止符を打ちました。しかし、この騒動は単なる一過性の過ちではなく、10年以上に及ぶ生活の中で蓄積された精神的溝の噴出であったことが明らかになっています。
同居期間中、広末氏は女優業と3児の母としての重責に追われ、精神的な極限状態に陥る局面が度々あったとされます。ジュン氏は会見で「彼女が不安定になると豹変する」と述懐しましたが、広末氏側から見れば、夫の頻繁な被災地滞在によるワンオペ育児負担や、夫からの心理的コントロールに対する反発が限界を迎えていたと関係者は証言しています。結果として2026年7月23日、双方は代理人弁護士を通じて協議離婚の成立を発表しました。