1990年、女性アイドルグループ「東京パフォーマンスドール」(TPD)のメンバーとしてデビューを果たした篠原涼子。ライブハウスでのハードなダンスパフォーマンスで鍛え上げられた彼女は、グループ内でもひときわ目を引く華やかさを備えていた。
大きな転機が訪れたのは1994年のことだ。音楽プロデューサー・小室哲哉の目に留まり、「篠原涼子 with t.komuro」名義でリリースされたシングル『恋しさと せつなさと 心強さと』が歴史的大ヒットを記録する。エイベックスからリリースされた同曲は200万枚を超えるダブルミリオンを達成し、当時のJ-POPシーンに強烈なインパクトを残した。
平成のJ-POPブームを牽引するアイコンとなった彼女は、NHK紅白歌合戦への出場を果たすなど、一躍お茶の間のヒロインとなった。しかしいくら大ヒットを飛ばしても、当の本人は天狗になることなく、次のステップを見据えていたという。