開発者たちが想定していなかった「誤用」こそが、音楽史を塗り替えた。ピッチの変化速度(Retune Speed)をあえてゼロに設定することで、人間の喉では不可能な階段状の音程変化が生み出され、独特のロボットのような質感、いわゆる「ケロケロボイス」が誕生したのだ。
この特異なサウンドを世界に知らしめた最初の決定打が、1998年にリリースされたシェールの楽曲『Believe』である。プロデューサー陣は当初、この革新的なボーカルエフェクトの秘密を隠そうとしたが、世界的なメガヒットとともにその正体は瞬く間に知れ渡ることとなった。エレクトロ・ポップの新たな地平を切り拓いた瞬間だった。
その後、2000年代半ばにこのエフェクトを自らのシグネチャーサウンドとして確立したのがT-ペインだ。彼はオートチューンを「下手を隠す道具」ではなく、ボーカルをシンセサイザーのように操る表現手法として昇華させた。さらにカニエ・ウェストが2008年に発表したアルバム『808s & Heartbreak』は、冷徹なロボットボイスに人間の孤独や痛みを宿らせることで、ヒップホップ界におけるエモーショナルな表現のスタンダードを決定づけた。