彼女のキャリアは決して平坦なエリートコースだったわけではない。地元・和歌山県上富田町の中学校を卒業後、高校時代はソフトボール部のキャプテンとして汗を流し、卒業後は地元企業である「紀州高田果園」に就職。梅干しの箱詰めや事務作業をこなす、ごく普通の社会人だった。
人生の転機は、『NHKのど自慢』への出場と、大作曲家・猪俣公章氏との出会いだった。彼女の天性の声質とノドの強さを見抜いた猪俣氏は、即座に弟子入りを提案。上京後の内弟子生活は苛烈を極めたが、恩師の厳しい指導に耐え抜き、歌手としての基礎を完璧に叩き込んだ。厳しい稽古の合間に見せた素顔の笑顔や無邪気な表情は、後年のインタビューでも恩師への深い感謝とともに語られている。