『天城越え』の歌詞には、伊豆半島の実際の地名が順番に登場します。これらは単なる観光名所の羅列ではなく、主人公の心の変化と逃避行の深度を表す心理的メタファーとして緻密に計算されています。
物語の導入部となる浄蓮の滝では、「寝乱れて 隠れ宿」「つづら折り」と、逢瀬の艶めかしい情景と人目を忍ぶ不倫の苦しさが描かれます。落ちたら二度と這い上がれない深い滝壺は、引き返せない泥沼の恋の象徴です。
続いて登場する寒天橋は、かつて冬場に寒天を干す作業場があったことに由来する実在の橋ですが、歌詞中では「寒天橋 坊太郎」という伝説の人物とともに、冷え切った現実と迷いを象徴するスポットとして機能しています。
そしてクライマックスに控えるのが、国の重要文化財でもある天城隧道(旧天城トンネル)です。暗く冷たい石造りのトンネルをくぐる行為は、これまでの世間体や倫理観を捨て去り、後戻りできない異界へと足を踏み入れる決死の越境を意味しています。冷気漂う闇を抜ける瞬間、女の情念は最高潮に達し、あの激しいサビへと雪崩れ込んでいくのです。