一方で、近年の報道で浮き彫りになったのは、自らの意思ではなく親の信仰によって過酷な境遇に置かれてきた「二世」の芸能人たちの存在だ。自らが被害者でありながら、世間の偏見や「教団関係者」という一括りのレッテルによって活動の場を失うケースが頻発した。
実名で自らの生い立ちを語り始めたある元タレントは、苦渋の表情でこう語る。「メディアはかつて、事件が起きるまでこの問題を放置し、騒ぎが大きくなると一転して全員を排除対象とした。当事者としての苦悩や構造的な被害を無視した一括りのバッシングには、強い違和感がある」。報道のあり方そのものに対する検証も、いま改めて求められている。