なぜ、あの独特な美学を持ったグラスファイバー製マスクはリンクから姿を消したのでしょうか。最大の理由は「切り傷は防げても、骨折と脳震盪は防げない」という構造的欠陥にありました。
当時のマスクは顔面にピタリと密着していたため、パックが衝突した際の物理的エネルギーを分散させるクッション層が存在しませんでした。その結果、刃物のような裂傷は避けられたものの、衝突時の衝撃波がそのまま頬骨、鼻骨、前頭骨へとダイレクトに伝わり、「マスクを装着したまま顔面を複雑骨折する」という重傷事故が頻発したのです。
1970年代初頭、ソ連代表の伝説的ゴーリーであるウラジスラフ・トレチャクが、アイスホッケー用ヘルメットの前面に頑丈な鳥かご型ワイヤーケージを取り付けた「ヘルメット・ケージ型(通称トレチャク・スタイル)」を採用したことで、世界のトレンドは激変します。顔面と防具の間に空間を設け、衝撃をヘルメット全体で受け止めるアプローチのほうが、生存率・保護性能において圧倒的に優れていたからです。
さらに1980年代後半には、頭部全体を硬質シェルで覆いつつ目の周囲をワイヤーケージで開放した現代型の「コンボマスク」が完成。NHLを含む各国のプロリーグで安全基準が厳格化された結果、顔面張り付き型のオールドマスクは公式戦の舞台から完全に駆逐されることとなりました。