かつて本人の口から盛んに語られていたのが「60歳引退説」だった。ラジオ番組などで「男の旬は60まで」「還暦を迎えたらスパッと辞めて、海外でのんびり暮らす」と公言していた時期があり、当時のファンや関係者を大いにざわつかせた経緯がある。
では、なぜその宣言は撤回されたのか。飛び交う噂の真相と経緯解説を紐解くと、盟友・島田紳助の電撃引退や、後輩芸人たちからの熱烈な引き止め、そして何より東日本大震災をはじめとする社会的激動の中で「自分には笑いを届けることしかできない」と再認識したことが大きな転換点となった。自ら設けたリミットを軽やかに飛び越え、需要がある限りマイクを握り続ける道を選んだ彼の決断は、結果として多くの視聴者を救うことになった。