映画ファンにとっても、この空間は特別な意味を持つ。パリの日常をどこか奇妙で詩的な寓話として描き出したカルト的傑作『ル・ファビュラス・デスタン (Le Fabuleux Destin)』。劇中で主人公が孤独な心を癒やすために訪れる隠れ家カフェのモデルとなったのが、まさにこの場所だ。
映画監督が惚れ込んだのは、計算されたスタジオセットでは決して再現できない、経年変化だけが作り出せる光と影のグラデーションだった。擦り切れたビロードのベンチシート、薄暗いペンダントライトが落とす柔らかな陰影。映画が提示した「名もなきパリジャンの愛おしい日常」という美学は、今も変わらずこのカウンターの片隅に息づいている。