昭和19年(1944年)という生年は、日本の近現代史において特異な重みを持っています。この年は第二次世界大戦・太平洋戦争の戦局が決定的な局面を迎えていた時期でした。
当時、米軍の反攻によって7月にサイパン島が陥落し、本土空襲が現実のものとなりました。東条英機内閣が責任をとって総辞職したのもこの月です。8月には政府の指示により大都市の国民学校初等科児童を地方へ避難させる「学童疎開」が本格化しました。さらに10月にはレイテ沖海戦で戦艦武蔵が沈没し、神風特別攻撃隊が出撃を開始。11月にはB-29による本格的な東京初空襲が敢行され、12月7日にはマグニチュード7.9を記録した「昭和東南海地震」が軍需工場地帯を直撃しました。
食糧配給の枯渇、防空壕の中での出産、父親の出征など、極限状態の中で産声を上げたのが昭和19年生まれの方々です。終戦後は焦土となった街で幼少期を過ごし、高度経済成長期の猛烈な企業社会を牽引。冷戦終結、バブル崩壊、そして激動の平成から令和へと、日本の劇的な変遷をその身で体験してきました。
このタフな時代精神を体現するかのように、昭和19年生まれには各界を代表するバイタリティあふれる著名人が名を連ねています。
自著や特別番組のインタビューで、杉良太郎氏は「終戦前後の記憶は薄くとも、飢えと背中合わせだった原体験が、困っている人を放っておけない衝動の源泉にある」と述懐しています。戦中生まれ特有の「生き残った生命への責任感」が、この世代の並外れた精力的な活動を支えていることが窺えます。