「恋のABC」を振り返る上で見落としてはならない重大な盲点があります。それは、この表現がかつて持っていた「順番通りに進むのが正しい交際である」という規範の呪縛です。
昭和の青少年文化においては、「Aを許したら次はBを拒めない」「付き合って3ヶ月経ったらCに進むのが当たり前」といった、段階の進行が半ば義務のように語られる弊害が存在しました。これは相手の心理的な準備や体調を無視した、一方的なプレッシャーを生み出す温床ともなっていたのです。
また、ネット上では「恋のABCは日本人が適当に作った俗語」と片付けられることがありますが、前述の通り米国の野球メタファーという土台があり、それを日本の「オブラート文化」に合わせて巧みにローカライズした言語的結晶でした。単なる下品な隠語ではなく、思春期の羞恥心と性への好奇心の防波堤として機能していたという二面性を理解することが、この言葉の正しい把握につながります。