読者の多くが最も強い好奇心を抱くのが、「なぜクラゲに対して『母』という漢字を当てるのか」という点です。毒針を持ち、脳や心臓すら持たないプランクトンの一種に、なぜ母性の象徴である文字が配されたのでしょうか。文献を遡ると、大きく分けて2つの有力な真相に突き当たります。
第1の理由は、古代中国の博物誌や本草書(生薬の解説書)に記された「水母目蝦(すいぼもくか)」という伝承です。明代の名著『本草綱目』やそれ以前の記録において、クラゲは「眼を持たないため自力で前進することができず、その体内に小さなエビを住まわせ、エビの眼を頼りにして海中を移動する」と信じられていました。目が見えない親(母)が子を抱きかかえるようにして海を泳ぐ姿、あるいはエビを宿す母胎のような存在と捉えられたことから、「水母」の名が定着したとされています。現代の海洋生物学においても、タコクラゲの傘の下やビゼンクラゲの触手の隙間にエビや幼魚が共生する生態が確認されており、古代の人々が自然観察を通じて抱いた驚きが「母」の文字を生み出したと言えます。
第2の理由は、クラゲの組織そのものが「水そのものを生み出す母体」のように見えたという実態です。クラゲの体の約95%以上は水分で構成されています。海中から引き揚げて浜辺に放置すると、ゼラチン質の体は見る間に溶け崩れ、水となって跡形もなく消え去ってしまいます。「水から生まれ、水へと還る不思議な塊」「水を孕(はら)む母のような存在」として捉えられたことも、水母と命名された決定的な背景です。