『タッチ』という作品を語る上で避けて通れない最大の転換点が、上杉和也の死です。高校1年の東東京大会決勝当日、試合会場へ向かっていた和也は、道路に飛び出した見知らぬ幼い子供をとっさに庇い、トラックに跳ねられて命を落としました。試合開始直前までグラウンドに現れないエースを待ちわびるチームメイト、病院のベッドで冷たくなった和也と対面する達也と南の姿は、読者に凄まじい衝撃を与えました。
この衝撃的な展開の裏には、原作者・あだち充氏の綿密な制作意図がありました。実は「和也を途中で死なせる」というプロットは連載開始前の段階から決定しており、担当編集者には連載が軌道に乗るまで伏せられていたという有名な逸話があります。当時の少年誌では完璧な主人公が活躍するのが主流でしたが、あだち氏はあえて弟を退場させることで、兄の達也が秘めていた才能と人間性を引き出す構成を選択しました。
作品タイトルの『タッチ』とは、まさに「バトンタッチ」を意味しています。和也から達也へとマウンドと夢が託されるこの出来事は、単なるお涙頂戴の悲劇ではなく、達也という1人の人間が自立し、自分の足で人生のグラウンドに立つための必然的な運命として描かれたのです。