人間の脳は、予測可能性と突発的な変化の狭間で心地よさを感じる性質を持っている。単一のコードがドンと鳴った場合、脳はその和音情報を瞬時に処理し終わってしまう。しかし、音がド・ミ-ソ-シと順番に聞こえてくるとどうだろう。「次はどの音に向かうのか?」という無意識の期待感が連続して発生する。
このコンマ数秒の遅延が、脳内でドパミンの微小な放出を促すという説がある。次の音への期待と、それが満たされた瞬間の快感。分散和音は、まさに聴き手の感情を時間軸の上でエスコートする「ストーリーテリング」そのものなのだ。映画のサウンドトラックやゲーム音楽で叙情的なシーンに必ずと言っていいほど分散和音のピアノフレーズが差し込まれるのも、理にかなった演出と言える。