1932年、福島県に生まれた彼女は、戦後の焼け野原から立ち上がる東京で青春時代を迎えた。本名・栗野沙知代。彼女が十代後半から二十代にかけて身につけた最大の武器は、独学に近い形で磨き上げた圧倒的な英会話能力と、物怖じしない度胸だった。
当時、立川や横田などの米軍基地周辺で培われた彼女の立ち居振る舞いは、過酷な戦後を生き抜くためのリアリズムそのものだ。米軍将校らと対等に渡り合い、西洋文化の洗練を全身で吸収した彼女は、同年代の女性たちがまだ伝統的な価値観に縛られていた時代に、早くも「個人の力で生きる」というスタイルを確立していた。