松方弘樹のルーツをたどると、父は戦前・戦後の時代劇映画で圧倒的な人気を誇った大スター・近衛十四郎、母は元女優の水川八重子という、日本屈指の芸能名門一家に生まれています。実弟の目黒祐樹、甥の近衛はなも含め、芸能界の第一線で活躍する血統を受け継いでいました。
一方で、松方の私生活における家族関係は極めて複雑でした。生涯を通じて3人の女性との間に合計6人の子供をもうけています。
最初の妻である元モデルの一般女性との間には、俳優として活動した長男・目黒大樹を含む1男2女が誕生。しかし、1970年代後半に女優の仁科亜季子(旧芸名:仁科明子)との不倫関係が発覚し、世間を騒然とさせる大スキャンダルに発展しました。松方は前妻と離婚し、1979年に仁科亜季子と再婚。二人の間には長男の仁科克基、長女の仁科仁美が生まれ、芸能界きってのおしどり夫婦としてメディアに登場するようになります。
だが、その平穏も長くは続きませんでした。1991年には京都・祇園のクラブママとの間に隠し子が誕生していたことが発覚。さらにその後、30歳年下の元女優・近藤陽子との交際が明るみに出たことで、仁科亜季子との夫婦関係は完全に破綻しました。1998年、泥沼の離婚調停の末に正式離婚が成立。この際、松方は莫大な慰謝料や養育費の支払いを背負うこととなりました。
離婚後、仁科克基や仁科仁美ら子供たちとの関係は完全に冷え込み、公の場やプライベートでも長年にわたり断絶状態が続きました。晩年の闘病中も、子供たちが病室に見舞いに訪れる機会はほとんどなく、家族の絆は修復されないまま幕を閉じることとなったのです。