桑名正博の生家である桑名家は、大阪の物流・港湾輸送を支えた重鎮として知られる。明治時代に興された「桑名通運」は、吉野川や淀川、大阪港を拠点とした水上輸送からトラック陸送までを一手に担い、関西の経済成長とともに巨大化をとげた同族企業だ。桑名正博はその7代目の跡取りとして1953年に生を受けた。
幼少期から彼を取り巻く環境は、一般的な「裕福な家庭」のイメージを遥かに超越していた。家には住み込みの女中や専属運転手が常駐し、彼が幼少期を過ごした邸宅のスケールは桁違い。一説には「お小遣い」の概念すらなく、必要なものがあれば家の金庫から札束を掴んで出かけていたという伝説まで残っている。単なる「お金持ち」ではなく、地域経済を動かす名門中の名門というバックボーンが、後の彼の唯一無二の存在感を形作ったのは疑いようがない。