「窮鼠猫を噛む」という成句の表面的な意味は、「追い詰められて逃げ場を失ったネズミは、天敵である猫にさえ必死で噛みつく。弱者であっても極限の窮地に立たされれば、強者に対して予想外の猛反撃に出ること」の喩えです。ここでの「窮(きゅう)」は「行き詰まる」「困り果てる」を意味し、物理的にも精神的にも逃走ルートを遮断された状態を指します。
この言葉の原典は、紀元前1世紀の中国・前漢時代に編纂された思想書『塩鉄論(えんてつろん)』の「詔聖(しょうせい)篇」に遡ります。著者の桓寛(かんかん)は、国家の専売政策や軍備拡張を巡る朝廷内の大激論を記録する中で、以下のような一節を遺しました。
「死なばすなわちまた生きず、窮鼠また狸(り)を噛む」
ここで登場する「狸」とは、現代のタヌキではなく野生の山猫やイエネコを指す漢字です。原典では「窮鼠齧狸(きゅうそげつり)」という四字熟語として記され、どれほど無力な存在であっても、生命の危機に晒されれば死を賭して強大な捕食者に立ち向かうという、冷徹な自然の摂理が説かれています。これが日本へ伝来する過程で、より民衆に馴染み深い「猫を噛む」という表現へと定着していきました。