インターネット上の言説や戦史をめぐる議論の中には、「日本軍は組織的な方針として人肉食を推奨していたのではないか」という極端な言説が散見されます。しかし、公文書や現存する陣中日誌を精査すると、この認識は明確な誤解であることが分かります。
大日本帝国陸海軍の基本法規である陸軍刑法および海軍刑法において、死体損壊や友軍兵士の殺害・傷害は厳罰の対象でした。戦地で軍紀の維持に苦慮した司令部は、「友軍の遺体を食す者は厳罰に処す」「原住民への加害を禁ず」といった軍命を繰り返し発令しています。つまり、日本軍におけるカニバリズムの発生理由は、国家や軍の組織的方針によるものではなく、補給線の崩壊によって統率力を失った組織の末端で起きた軍紀の完全な崩壊にほかなりません。
例外とされる父島事件においても、参謀や司令官といった一部の高級将校が宴席の狂気の中で主導したものであり、配下の兵士たち全員がこれを受け入れていたわけではなく、関与を拒否した将校や証言を残した関係者も存在しました。組織の公式命令と、戦場の極限下で生じた逸脱行為の境界線を混同してはなりません。