この錯覚の司令塔となっているのが、人間の後頭部下側に位置する「小脳」です。小脳は日常の反復動作を学習し、意識しなくても体をスムーズに動かせるよう「運動プログラミング(内部モデル)」を自動生成する役割を担っています。
普段、動いているエスカレーターに乗る際、私たちの体はステップの加速に振り落とされないよう、無意識のうちに上半身をわずかに前傾させ、下肢の筋肉を適度に緊張させています。この一連の動作は「フィードフォワード制御(予測制御)」と呼ばれ、小脳が過去何千回もの乗車経験から瞬時に導き出す生存戦略の一環です。
ところがエスカレーターが停止している場合、小脳は「エスカレーターの見た目」を認識した瞬間に、いつも通りの運動プログラムを勝手に作動させてしまいます。その結果、動かない地面に対して過剰な前傾姿勢や筋出力を行ってしまい、脳内の予測と実際の感覚フィードバックの間に致命的な「予測誤差」が発生。この神経伝達のギャップが、めまいにも似たふらつきや脳の錯覚メカニズムの引き金となります。