二人が正式に交際をスタートさせなかったとはいえ、物語の初期と終盤では、斉木楠雄が照橋心美に向ける感情の深度は180度激変しています。当初の楠雄にとって、照橋心美は「関わると最も平穏を脅かされる、最も厄介な天敵」に過ぎませんでした。照橋の周囲に群がる男子たちの騒乱や、彼女自身の完璧主義に巻き込まれることを心底嫌がり、テレパシーを駆使して幾度となく接触を回避していたのです。
しかし、物語が進むにつれて描かれたのは、照橋心美の「完璧な美少女」という偶像が決して生まれつきの幸運だけではなく、血のにじむような自己鍛錬と凄まじい精神力によって維持されているという事実でした。楠雄の心境に決定的な変化をもたらした象徴的なエピソードが、単行本第20巻に収録された第214χの文化祭エピソードです。
文化祭において、照橋は斉木とペアを組むために奔走するも、自らの我欲を捨て、クラス全体の成功と他者のために裏方作業で限界まで献身的に動き回ります。極限の疲労によって倒れそうになった照橋を、斉木は人知れず超能力で救い出し、周囲の賞賛を彼女に集めさせました。そしてその直後、目を覚ました照橋が見せた一切の妥協のないプロ意識に触れた楠雄は、心の中で「やれやれ……おっふ」と言いかけ、自嘲気味に口元を緩めるという決定的瞬間を迎えます。
斉木が他の男子のように照橋へ公然と「おっふ」することは最後までありませんでしたが、「神に愛された女」のプライドと努力を誰よりも正しく評価し、敬意を抱いていたのは紛れもなく斉木楠雄自身でした。単なるギャグの標的から、唯一無二のリスペクトを捧げる存在へと変化していった過程こそが、読者の胸を打つ理由です。