昭和歌謡界の黄金期を牽引し、圧倒的な人気を誇っていた桜田淳子氏が入信したのは1977年、彼女がわずか19歳の時でした。表舞台では眩しい笑顔を振りまいていた一方、当時の芸能界は殺人的なスケジュールと激しい競争の連続であり、若き日の彼女は深刻な精神的孤独と人間関係のプレッシャーに直面していました。
入信の決定的なきっかけとなったのは、秋田の実家で暮らしていた実姉の影響です。当時、精神的な支えを求めていた姉が先に教団の教えに触れ、見違えるように前向きになった姿を目の当たりにしたことで、桜田氏自身も強い関心を抱くようになりました。家族への絶大な信頼と、華やかな芸能界の裏で抱えていた虚無感が重なり、教団の教義に救いを見出していったとされています。
以降、彼女は極秘裏に教団の勉強会や集会へ通い続け、トップスターの座に君臨しながら約15年間にわたって二重生活を続けることになりました。この事実が公になるのは、日本中を揺るがす1992年の合同結婚式騒動まで待つことになります。